会社員、会社設立、クラウドソーシングを経て、企業常駐案件に参画
40歳フロントエンドエンジニア。会社設立を2社経験後、会社員ではなくフリーランスとしての道を選択

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  • ■PROFILE
  • 名前:山本 知己 (やまもと ともみ) さん
  • 職種:フロントエンドエンジニア
  • メインスキル:PHP、JavaScript、web解析
  • フリーランス歴:約2年11ヶ月(常駐)
  • 年齢:40性別:男性

専門学校を卒業後、2社目で知りあった仲間とともにweb制作の会社を設立した山本さん。10年以上、その会社で取締役を務めてきたが、現在はフリーランスのフロントエンドエンジニアとして活動中だという。山本さんがいかにして今の働き方を選択したか、その経緯を聞いた。
 
※この記事は2016年8月時点の内容です
 

フリーランス ディレクター・エンジニア 山本知己(やまもとともみ)さんの経歴

システム系の専門学校を卒業後、1997年に入社した大手印刷会社の系列会社で主に銀行システムの受託開発に携わる。3年間の勤務の後に、広告制作会社へ転職。同社で約1年間勤めた後に、同僚2名と2001年5月に株式会社ディーキューブ(旧:有限会社Dキューブ)を設立、2003年2月に株式会社フォノグラム(旧:合名会社dコロン研究所)を設立し、2012年11月までweb制作を請け負う。その後、東京で正社員としての就業を経て、2013年9月からフリーランスのフロントエンドエンジニアとして現在まで活動中。

専門学校卒業後、「経験のために」と広島から東京へ

―フリーランスになる前のお仕事をお聞かせください。

 
山本氏:地元の広島のシステム開発系の専門学校を卒業後、1997年1月に銀行のシステム開発のアウトソーシングなどを請け負う、大手印刷会社の系列会社へ入社しました。その会社は本命ではなかったのですが、オフィスが東京にあったこともあり、上京して経験を積むために3年間は勤めようと決めていました。
 
3年間勤めた後は東京から広島へ帰ろうと思っていましたので、広島の広告制作会社へプログラマーとして入社しました。そこでは、htmlを書いたり問い合わせフォームのCGIを書いたりしながら約1年間勤めました。学生のころからwebサイトを作ったりするのが好きでしたので、そういったサイト構築を行っていそうな企業を探しての転職でした。
 

―2社目ではどのように働いていましたか?

 
山本氏:ほぼ毎日のように朝9時から夜22,23時くらいまで会社にいて、場合によっては徹夜もありとなかなかハードでした。部署には私を含め3人しかおらず、また入って3~4ヶ月ほど経ってから部署だけでの独立採算性を求められるようになったこともあり、自分も営業活動を兼任することもありました。
 

多くの学びを得られた会社設立

―2社目を経験されたあと、山本さんは会社を設立されたとお聞きしました。詳細を教えてください。

 
山本氏:先ほどお話ししたように、同じ部署で働いていた3人だけで部署の利益を上げられるようになったこともあり、在職中からいずれ会社を作ろうと話していたんです。そして入社から1年ほど経った2001年4月に、3人でwebの企画・制作を行うディーキューブを設立しました。また、2003年2月にはやはりweb制作を行う会社フォノグラムを設立して、2社とも2012年11月まで自分が関わっていましたね。
 
 
 
 


ディーキューブに関しては、今でも役員として残っているのだという

 
会社を作ったものの、やっていることはその前の会社と同様でしたし、働き方も変わらずハードワークでした。ただ大きく違ったのは、自分の責任ですべてをやらなければならないという点と、信頼できる仲間と一緒に働けたという点です。大変なことも多かったですが、楽しいことの方が多かったですね。つまらないことで喧嘩することもけっこうありましたけど(笑)。
 

―皆さん、とても仲が良かったんですね。ところで2社設立されたのはなぜでしょうか? 

 
山本氏:創設メンバー3名と後から入社してくるメンバーとの間に壁ができないように、新しく会社を作りました。後から入った人間とはどうしても壁ができてしまうだろうと考え、あえてフォノグラムについては自分たち3人がなるべく意見しないようにして、自分たちで会社を作っていってほしいという思いがありました。
 

―会社を起こされて、どういった気付きが得られましたか?

 
山本氏:「会社員は守られている」という点ですね。会社を起こして10年ぐらい経ったころ、業績が下り気味で、設立した3人の役員報酬を止めざるを得なかった月があったんです。お給料をもらいながら経験を積ませてもらえるというのは会社員のメリットだと、会社員でなくなってずいぶん経ってから感じましたね。
 

購入したマイホームが要因で東京の転職を志す

―その後、山本さんは東京で転職をされていますよね。詳細を教えてください。

 
山本氏:前述したとおりディーキューブ、フォノグラムと2社に分けたものの、同じ場所で同じweb制作のビジネスをやっていたため、お互いにクライアントを奪い合っていた面がありました。そのため、2008年8月にディーキューブの方を東京へ移し、設立メンバー3人で再スタートしたんです。ですが2011年にメンバーの1人である女性が諸事情で抜けてしまいまして。それが大きな打撃になって売上がどんどん下がってしまい、広島へ戻るかという話になりました。
 
一方で当時の自分は東京で家を買ってしまっていたので、帰りたくとも帰れなかったんです。そのため、東京で得られた経験や情報を広島へ送るようにするので、自分は会社を離れ東京でやっていくという決定を下しました。
 

―なるほど、積極的な要因ではなかったんですね。東京で入った会社はどんな会社でしたか?

 
山本氏:アフィリエイトやメディア事業を手掛ける会社へエンジニアとして入職しましたが、結局働き方について自分と会社の希望がミスマッチだったので、3ヶ月の試用期間で退職しました。
 
大きな要因だったのは、開発できる時間が全然取れないという点でした。業務を進める上で、ちょっとした資料やフローチャートなどを作成すると、直属の上司が精度の面でNGを出すことが多かったんです。開発が終わった後に作成するドキュメントレベルの精度を求められるため、1日8時間のうち5時間くらいをドキュメント作成に費やすような状況がちょくちょくあって…。
 

年齢と経験を照らし合わせ、フリーランスの道を選択

―その後、フリーランスになったのはなぜですか?

 
山本氏:年齢と自分の経験を照らし合わせたときに、エンジニアとしての転職は難しいかなと考えたからです。会社を辞めた時点での年齢は37歳。一般的に30代後半のエンジニアは、大規模なプロジェクト経験やマネジメント経験などを求められる傾向があります。対して自分は、エンジニア1名、デザイナー1名、ディレクター兼営業1名で動いていくプロジェクトしか経験がなかったため、転職するには不利だろうなと。それであれば、当時クラウドソーシングが流行り始めたころでしたので、いっそフリーランスでやっていこうと思ったんです。
 
 

SOHOの知り合いがいたため、フリーランスという働き方自体は知っていたが、それまでは選択肢には入っていなかったという
 

―初めてフリーランスになるにあたって不安だったことはありましたか?

 
山本氏:一番は人脈がないことですね。これがたとえばデザイナーの方でしたらポートフォリオを作成して持ち込みをするのが一般的な営業だと思います。エンジニアでしたらiPhoneアプリのようにわかりやすい成果物があればいいんですが、自分の場合はどういう成果物を用意して、どう営業活動をしていいかがわからなかったんです。会社をやっていたときは営業活動もやっていましたが、個人のフリーランスで同じように営業をしても厳しいだろうなと。
 
ただ、フリーランスになるにあたって、妻からの理解が得られていたのはありがたかったです。前述したとおり、会社での業務の進め方が合わないということがストレスになっていまして、そのことを妻が汲んでくれていたんです。妻は元webデザイナーだったので、フリーランスになって困ったことがあっても、2人で組んでやっていけば仕事をやっていけるんじゃないかと。
 
他には技術的なところでいうと、自分は言語でいえばPHPしか経験がないという不安はあるにはありました。ただ、当時からプライベートでスマートフォンアプリ開発を勉強していまして、他の言語でも知識や感覚が活かせる部分があるなと感じていました。そのため、仮に新しい言語で開発をしなければならなくなったとしてもなんとかなるだろうと思っていました。
 

―当時を振り返って、「これをやっておけばよかった」というのはありますか?

 
山本氏:会社に所属している状況の中で、もっといろいろやっておけばよかったなというのはあります。たとえば自分は、データベースのレプリケーションなどの負荷分散を考えたシステム設計が苦手でしたので、そういったところを経験しておけば幅が広がっただろうなとは思います。
 

―フリーランスとして最初に請けた案件はどういったものでしたか?

 
山本氏:クラウドソーシングを利用して、WordPressのテンプレート作成の案件を請けました。それまでもWordPressの開発をずっとやってきていたので、これならやれそうだなと考えたんです。
 
ただ、単価が非常に低かったので、「これじゃあちょっとやっていけないな」というのが抱いた感想でした。なんせ1ヶ月で3件請けたものの、1件あたりの単価が1,2万円程度でしたので…。クラウドソーシングだけでの生活は、自分の状況では難しいなと感じました。
 

レバテックを利用して企業常駐案件に参画し、経験の幅が広がる

―クラウドソーシングだけでは難しいと判断された後に取った行動を教えてください。

 
山本氏:いろいろと案件を紹介するエージェントを見ていき、そのなかで一番合っているかなと感じたレバテックへ利用することにしました。登録をした他のサービスもあるのですが、案件内容を見るとゲーム系が多かったりと、ちょっと自分が苦手なジャンルでしたので。また、フリーランスには福利厚生がないので、福利厚生に相当する参画者優待を受けられるのも魅力的でしたね。
 

―レバテックを利用して、最初に参画された案件はどういったものですか?

 
山本氏:作業内容でいうと「PHPを使った案件であること」が外せない希望としてあり、そのなかでも「自分が得意としているFuelPHPが使われている」とベターでした。そうした希望に基づき、いくつか案件を提案してもらった結果、大手キャリアの系列会社が提供するサービスのCMS管理画面の開発案件へ参画しました。
 

―初めての企業常駐案件ということで、どのような感想をお持ちになりましたか?

 
山本氏:クラウドソーシングを利用して1人で開発を行うのと比べて、いろいろな情報が入ってくるのでとても刺激になりました。チームで働くということで、迷ったときに「ココはどうしたらいいですか?」と聞けるのはありがたいですね。それまで自分は、会社の中でグループウェアでの連携やGitを用いたバージョン管理などの経験がなかったので、そういった経験が積めてよかったと感じます。
 

今後は開発以外の上流工程も持てるフリーランスを目指す

―現在はどのような案件に参画されているのでしょうか?

 
山本氏:主にネット通販や動画配信などを行う企業で、同人ソフトを配信するサイトの改修を行っています。案件を選ぶ際の基準は、PHPの経験が活かせて、なおかつ成長が見込めそうかどうか。最初の案件ではCMS構築、現在の案件なら負荷分散といったところを勉強できるのではないかと。単価はその次ですね。
 

―フリーランスとしてやっていく上で、スキルアップのために行っていることを教えてください。

 
山本氏:技術ブログなどに上がってくるような新しい技術を、1回は試してみるというのをずっと昔からやっていますね。今でしたらDockerを使っていろいろ試したりと、インフラの部分の勉強はしてみようと思っています。
 
ただし、現状だと、表面的なところだけをさらって技術を習得しようとしているので、できればもっと深掘りたいというのはありますね。今までは1日4時間ぐらいは勉強時間を作るようにしていたのですが、今は3歳と2ヶ月の2人の子どもがいるので、なかなか時間が作りにくいという点があります。
 

―再び会社を起こすという選択肢はありますか?

 
山本氏:昔の仲間とであればまた会社を起こしてみたいと思いますが、そうでなければこのままフリーランスでやっていくだろう思います。元々、仲間がいたから会社を起こした部分が大きいと感じていますし、今から新たにサービスを立ち上げて、というのもリスクがありますからね。
 
 

「この先も会社員に戻るという選択肢はない」と山本さんは述べる
 

―会社を経営されていたころとフリーエンジニアとして活動している現在とを比べた場合に、大きく違うと感じる部分はどういうところでしょうか?

 
山本氏:自分たちの会社をやっていたころは、人事評価であったり、会社自体の成長だったりと開発以外の部分もやる必要があった。ですが今はそういった部分を考えなくてもよくなったので気分的にはたいぶ楽になりましたね。
 
それと時間の都合がつけやすくなったのも大きいです。今ですと月に140~180時間の間で作業時間が収まりますからね。以前は連日のように夜遅くまで稼働していたことを考える大きな差です。
 

―現時点でフリーランスとして軌道に乗ってきたという実感はありますか?

 
山本氏:まだまだ不安があるというのが正直な実感です。自分でクライアントを開拓して依頼をもらうというやり方と比べると、企業常駐で作業するというやり方は人脈を広げにくいと感じる部分もあります。「継続的に案件をもらっていくためにはどうしたらいいか」という点への対応として、この先個人でも案件を獲得する際の宣材となるようなものを作っていきたいと考えています。また、在宅であれば日々の作業場所に向かう時間や交通費が浮きますので、可能であれば在宅で請けられる案件を探したいとも思っています。
 
ただ、企業常駐の形ですと、自分の知らないことを教えてもらえたり、チームでの開発の仕方など個人では経験できないことも経験できたりしますので、バランスをとってやっていきたいですね。
 

―山本さんが今後目指すところを教えてください。

 
山本氏:これまでPHPでの開発一筋でずっとやってきたことで、それしかないという不安があります。そのため開発以外のスキル、たとえばアクセス解析のスキルの向上にもっと力を入れていこうと考えています。そうしてゆくゆくは、コンサルティングなどの上流工程まで持つところを目指したいです。
 

―最後にフリーランスを目指す方に向けてアドバイスをお願いいたします。

 
山本氏:フリーランスになる、ならないで迷っているのであれば、フリーランスになった方がいいのではないでしょうか。会社員時代と比べ、フリーランスはお金の流れに敏感になりますし、クライアントの利益のこともシビアに考えなければいけない。会社員ですと、仮に仕事で失敗したとしても次があるのが普通です。一方でフリーランスは、何か失敗をしたら次がないかもしれない。僕個人の実感としても、そういったシビアさを意識し、自分を追い込むことが成長につながっている感があります。ですので、フリーランスに興味があるのでしたらまず一歩を踏み出すことをオススメします。

 

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