遅咲きエンジニアMicrosoft MVP山崎氏が伝授する
“フリーランスエンジニアが成功するための4つの秘訣”

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実力さえあれば、年齢に関係なく成功できるのがエンジニアの世界。

マーク・ザッカーバーグ(Facebook)とラリー・ペイジ(Google)が初めてパソコンに触れたのは、6歳。いずれも大学でコンピューターサイエンスを専攻し、20歳前後で創業。ビジネスを世界的な規模へと拡大し、ITの歴史を塗り替えました。

エンジニアのなかには、彼らのように学生時代からプログラミングを学び、その道を突き進む方もいれば、異業種で経験を積んだ後にエンジニアという職業を選ぶ方もいらっしゃいます。特に後者の場合はスタートが遅いことから、必要な技術を身につけられるのか、稼げるようになるのか、と不安を感じる方も多いことでしょう。

今回は、28歳でアパレル業界から転職し、現在はMicrosoft MVPのフリーランスエンジニアとしてアプリ開発を始め、執筆、講演活動、大学院でも教鞭を取られるなど、多方面でご活躍の山崎大助さんにインタビュー。

山崎さんが伝授する“フリーランスエンジニアが成功する方法”には、いわゆる回り道をしたからこそ見出せた独自のノウハウや哲学が詰まっていました。
 

フリーランスの働き方について話を聞く


 


フリーランスエンジニア 山崎大助氏の写真

山崎 大助(やまざき だいすけ)

 

フリーランスエンジニア。デジタルハリウッド大学大学院教員、ジーズアカデミーTOKYOの主席講師および大妻女子大学教員。Webアプリの開発を始め、雑誌・書籍・Webメディアでの執筆、Web関連セミナーを主宰するなど、幅広く活動している。主な著書に『jQuery レッスンブック jQuery2.X/1.X対応』『レスポンシブWebデザイン「超」実践デザイン集中講義』など。Microsoft MVP( BingMapsDevelopment: 世界で10のうちの1人、日本人初受賞 )


 

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店長も勤めたアパレル勤務時代

─ご経歴については、過去のインタビューでも軽く伺っているのですが、今回はより詳しくお話を聞かせてください。山崎さんは28歳までアパレル店で店長をされていたんですよね?

 

山崎氏:大手アパレルメーカーの旗艦店でメンズブランドのスーツやカジュアルウェアを販売していました。実はもともとコミュニケーション力が低くて、入社してしばらくはネクタイを一本売るのにも四苦八苦している有り様で…(笑)。

 

─それはかなりご苦労されたでしょう。どのようにして克服されたんですか。

 

山崎氏:商品の知識を増やすことはもちろん、生地に関する辞典や服の歴史についての本を何冊も読んで勉強したり。また、ファッション雑誌でトレンドを掴んだり、洗濯やクリーニングなど洋服のケアに関する情報も抑えるようにしました。

 

すると段々セールストークが弾むようになり、提案の質も上がっていきました。僕を指名してお店を訪れてくださるお客様も増えていき、気づけば全国売上ランキングの常連に。入社後一年あまりで、店舗の運営を任されるようになりました。

 

─トップセールスになり、20代で店長のポジションまで与えられて、それなのになぜ辞めようと?

 

山崎氏:店長になって数年が経つと、「この仕事をずっとやっていていいのか?」と思い始めんたんですよね。いち販売員だった頃には、「全国で売上ナンバー1になりたい」という想いでしゃにむに働いていたんですけど、店長になると“売る側”からスタッフに“売らせる側”へと回りました。すると、それまでとは視点が全く違ってきて、店長の仕事への熱意が薄れていくのを感じていました。

 

また、店長の仕事は過酷そのもので、ついには体を壊してしまいました。しかし、勤めていた企業には休業補償すらなく、相変わらず店舗にはどんどん若いスタッフが入っては辞めていくブラックな状態。自分の代わりなんて幾らでもいるということに気付き、手に職をつけて、自分にしかできないオンリーワンの仕事がしたいと思うようになりました。

アパレル勤務時代の経験を話す山崎氏の写真

 

“ローマ字入力って何?”から始めたプログラミング

─それまでパソコンを使ったお仕事をされたことは無かったんですよね?なぜそこからIT業界に飛び込もうと?

 

山崎氏:当時、今の奥さんから「手に職を付けるなら、パソコンの技術を覚えたほうが良いんじゃない?」とアドバイスをもらったんです。でも僕は「ローマ字入力って何?」というくらいの超初心者だったので、タイピングの練習から始めました。

 

メールの設定にも手こずる始末で、参考書を片手にオフィスソフトの使い方も学んでいきました。しかし、独学に限界を感じて、仕事を辞めてお金もなかったので、まずはIT企業に入ってOJTで仕事を覚えたいと転職活動を始めました。

 

当然、パソコンもろくに使えない28歳の男を雇うIT企業が、そう簡単に現れるはずもありませんでした。半年以上かけて50社以上の企業に履歴書を送り、唯一ある企業が面接で「君は話が上手いね」と褒めてくれて、僕をPCインストラクターとして雇ってくれることになりました。

 

─アパレル時代に培ったコミュニケーション力を買われたんですね。いきなりPCインストラクターとしての採用ですが、不安はなかったですか。

 

山崎氏:多少はありましたが、販売員時代にも働きながらファッションについてゼロから学び、実績を残した成功体験がありました。ですから、洋服がパソコンに置き換わったとしても大丈夫だという確信めいたものがあったんです。

 

仕事内容は、上場企業のコールセンターで働く人たちにパソコンを教えることでした。そこでは、オフィスソフトの扱いからネットワーク、そして教育の仕方まで、たくさんの知識やノウハウを身につけることができました。

IT業界へ転職について語る山崎氏の写真

なかでも印象的だったのが、当時、Excelでマクロを組んで集計していたテストのシステムをFlashで作ったこと。結局、実用化されることはなかったのですが、Flashで何かを作る面白さを覚えて、開発ができる環境に移ることを決めました。

 

数社で経験を積み、SIer時代にヒットアプリ「AIR Note!」リリース

─その後、上場企業やベンチャー企業、中堅SIerなど、数社で経験を積まれたわけですが、最も成長できたと感じたのはどの経歴でしょうか。


山崎氏:プログラミングについては、約5年前までシステムエンジニアとして勤めていたSIerでの経験ですね。なかでも大手通信企業の大規模システムを開発する案件で、管理画面をPHPで作ったり、開発リーダーを務めたことは大きかったですね。

時には客先のトップダウンでリリース直前に仕様が変更されたりと、SIerならではの苦労も味わいましたが、厳しい環境下で踏ん張れたことが自信につながりました。そこで経験したすべてのことが、今の自分を支える礎になっています。
 

─「AIR Note!」を開発されたのも、その頃でしょうか。

山崎氏:はい。2008年、SIerで金融系企業のWEBサイトをガチガチのActionScriptで作っていた頃にAdobe AIRがリリースされ、「Flashの技術でデスクトップアプリが作れるのか!」と胸が高鳴ったのを覚えています。それで、以前から考えていた多機能スケジュール管理アプリを、Adobe AIRで作ることにしました。
 

きっかけは当時、同僚だった営業マンたちでした。彼らは商談のアポを取ったりメモをしたりと、日常の細かい作業をするために、スケジューラーやブラウザなど複数のソフトを同時に起動しなくてはならいことが、不便だと漏らしていました。その様子を見て、アプリの内容を思いついたんです。開発期間は2週間弱。作りたいものだったので、コードをガンガン書けました。
 

自身が開発したアプリ「AIR Note!」の開発経緯について話す山崎氏の写真


─「AIR Note!」はリリース後、数年間にわたりAdobeのギャラリーサイトでダウンロード数が3位以内に入るヒットアプリになりました。周囲からはどんな反響がありましたか。


山崎氏:実は開発前、SIerの同僚エンジニアたちにこの話をしたら、「Adobe AIR ? 枯れてもいない技術に手を出さないほうがいいのでは?」などと否定的な反応が返ってくることが多く、誰も一緒にやろうと手を挙げてはくれませんでした。
 

しかし、Adobe AIRには絶対ニーズがあると確信していたし、何より「AIR Note!」は自分が使いたいアプリだったので、周りの意見を気にしませんでした。しかも、当時ちょうどAdobe AIRのギャラリーが設けられたばかりで、アップロードされていたアプリはまだ7〜8個程度という状況。


これは先行優位のチャンスだと思い、手早く開発・リリースを行いました。その結果、多くのユーザーにダウンロードしていただき、機能追加の要望もいただいて、バージョンアップも行ってきました。さらに多くの出版社・雑誌に取り上げていただき、現在のメディアでの執筆や講演活動、デジタルハリウッド大学大学院、ジーズアカデミーTOKYOでの教育活動などに結びついています。


─では、そんな山崎さんが考えるフリーランスエンジニアが成功するために大切なことについて、教えてください。
 

フリーランスの働き方について話を聞く

 

遅咲きエンジニアMicrosoft MVP山崎氏が伝授する“フリーランスエンジニアが成功する4つの秘訣”

Tips 1. アウトプットで自分の世界を広げる

 

山崎氏:僕にとってアウトプットとは、スキルを証明する手段であるとともに、やりたいことについての知識や情報を入手・共有する方法でもあります。そのメリットは、自分の世界と可能性を広げられるということ。

 

勉強会やイベントに参加することで、自分の知らない世界で活動する人々や、自分より優れた人たちが沢山いるということが分かります。僕自身、会社員だった2010年頃にHTML5の開発者コミュニティに初めて参加して、「世の中にはこんなにすごいエンジニアがいるのか!」と感動した覚えがあります。

 

当時、HTML5を使って医療用アプリを開発していたところで、関連する情報もほとんどありませんでした。そのコミュニティに出席するようになってから何回目かの集まりで、思いきって自分も発表させてほしいとお願いしたら、ライトニングトークの時間をもらえることになりました。当時はまだHTML5を使って業務レベルで使えるアプリを作っているケースが珍しかったようで、参加者からの食いつきが良かったのが印象的でした。

フリーランスエンジニアが成功する4つの秘策について語る山崎氏の写真
 

会社員として社内で独自に尖った開発をしていて、それなりに認められることもありますが、逆のケースも珍しくありません。世の中に向けて発信すれば、想像を超えた良い反響を得られることがあります。

 

社外でアウトプットをすることで、外部の方から「御社の○○さんは、積極的に新しい技術に取り組んでいる素晴らしいエンジニアさんですね」なんていう声をいただき、それが社内に届いて評価につながることだってあります。だから、絶対にアウトプットはしたほうがいいですね。

 

Tips 2. 時代を読んで技術を習得する


山崎氏:他の人には見えなくて、自分には見えているニーズというものがあると思うんです。エンジニアのなかには、「最新のスキルや言語について、今、実務で使えないなら勉強しても仕方がない」などと、消極的な姿勢を見せる人もいます。しかし、僕はまったく逆だと捉えています。みんながまだ手をつけていない技術を先取りして学べば、自分が先駆者になれるチャンスがあるからです。

 

「AIR Note!」を作った時も、アプリの時代が来ることが予想できたし、自分が使えるFlashの技術を用いてアプリを開発できるというのは大きなメリットだと思いました。だから、リリースから日の浅いAdobe AIRを活用して、早速アプリを作ることにしたんです。

 

また、Webアプリへの需要が増すなかでHTML5が公開された際には、Adobe AIRでの経験があったので、「今、学んでおけばきっと近い将来役に立つはずだ」と考え、いち早く習得に向けて動きだしました。

 

肝心なのは、「どういう時代がやって来るのか?」を読んで技術を修めること。自分の「作りたいこと」や「やってみたいこと」のためには、あえて周りの意見を聞かないほうがいいことがあります。まずは自分の思うようにやってみて、間違っていたら修正して次に進む。「AIR Note!」を作っていて、その繰返しが成功への近道だと気づきました。
 

フリーランスエンジニアが成功する4つの秘策について身振りを交えながら語る山崎氏の写真

 

Tips 3. 自分から動いて、売り込む


山崎氏:フリーランスになった以上、ただ待っているというスタンスは望ましくありません。自分から動くことが必要です。アパレルショップに勤めていた頃は、自らファッションについて勉強するだけでなく、先輩たちから接客などのテクニックを盗んでは咀嚼し、自分なりに実践していました。そうした姿勢は企業で働いていた頃も、フリーランスエンジニアになった今でも変わりません。

また、自分から売り込んでいくことも重要です。僕は当初、アウトプットの場として希望のイベントで話をさせてもらうために、そのタイトルから「会場ではきっとこういう話が求められているだろう」と推測し、講演したい内容のアジェンダと引きがありそうなデモを用意。それらを主催者サイドに見てもらい、何とか登壇の枠をもらうようにしていました。販売員だったころの経験が活きたんでしょうね。

もちろん、最初から何十分も登壇できるわけはなく、たった5分間でもできる限り参加者に有益な情報を発信するように努めていました。そして少しずつ評価をいただけるようになり、たくさんの業界の関係者と名刺交換をして、ようやく色々なイベントに呼んでもらえるようになりました。

ある程度のレベルまで行くと、あえて売り込みを控えたほうがいい時期も来るのかも知れませんが、独立したての方や、フリーランスになって当分の間は、自分で売り込んでいく力が最低限のスキルだといっても過言ではないでしょう。

Tips 4. 一つひとつの仕事がオーディション。プラスαで差をつける


山崎氏:そうしていただいた案件には、一つひとつまるでオーディションを受けるような気持ちで取り組んできました。特に僕は人よりエンジニアとしてのスタートが遅いこともあり、一件一件が貴重なチャンスです。その都度、どれだけ結果を残せるかが勝負だと認識しています。

だから、つねに求められるものに付加価値をつけて返すように心がけています。現場によっては、仕様書に書かれた以外のことをすると怒られてしまう場合もあるでしょう。でも、エンジニアとしては本来、仕様書の話をするときに「こっちのほうが良いですよ。使いやすくなりますよ」と提案してお客さんに喜んでもらうことは、非常に大事だと思うんですよね。

フリーランスエンジニアが成功する4つの秘策について話す山崎氏の写真


やっぱりお客さんに「山崎さんと仕様の検討をすると、本当に良いことがあるなあ」と感じてもらえたりすると、うれしいじゃないですか。同じチャンスは二度と来ないですし、チャンスはチャンスを呼びます。つねにプラスαで差をつけるようにしたいですね。
 

人生に無駄なんてない。遠回りは近道になる


山崎氏:僕は紆余曲折を経て、エンジニアになりました。最近、実はそれが今の自分になるための一番の近道だったんじゃないかと考えるようになりました。

─紆余曲折が近道…ですか。

山崎氏:例えば社会人一年目からエンジニアになっていれば、今のようにアパレル時代に磨いたセールススキルや交渉術、会話力を業務に活かすことはできなかったでしょう。また、PCインストラクターになって人に教えたり、発信したりするスキルを身につけなければ、大学院やスクールの教壇に立つこともなかったでしょう。

さらに、上場企業やベンチャーを経てSIerでエンジニアをしていたからこそ、大手の案件に携わることができたし、調整能力やクライアントを見る目を培うことができました。一見、回り道をしてきたようですが、思えばそれこそが今の自分を築く最良のプロセスだったんですね。

フリーランスエンジニアとしての成功について笑顔で話す山崎氏の写真

─なるほど。でも、世の中には若くして成功するエンジニアがたくさんいますよね。30歳近くなってからのエンジニア生活で、焦ることはありませんでしたか。

山崎氏:少しはありましたよ。もっと若い時からエンジニアリングをやっていれば、今とは違う山崎大助になっていたかも知れません。でも僕はいつも「他のエンジニアにはないスキルを持っている」と考え、自分をふるい立たせてきました。

人生には無駄なことなんてありません。今までのキャリアを回り道ではなくいかに近道だと捉えられるか。その過程で蓄えてきた経験やノウハウを、どれだけプラスにして、今の仕事に活用できるのかが、いちビジネパーソンとして、またフリーランスエンジニアとして大切なことなんだと思います。




開発を始め、メディアでの執筆、講演、教育活動など、フリーランスエンジニアとして多彩な活躍をされる山崎さん。そのキャリア観や仕事の広げ方、アウトプットについての考え方は、エンジニアとしてだけでなく、複数の業種・職種での豊富な経験と知見とに裏づけられたものでした。

今後、山崎さんのように異業種からエンジニアへの転職を考えられている方や、独立を考えられているエンジニアの方にご参考いただければ幸いです。

早熟のエンジニアに無いものを持つ、遅咲きのエンジニア。そのポテンシャルと需要は、計り知れません。
 

最後に

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